こんにちは!!リンクスの石井です

一週間があっという間に過ぎていきます!!!
土日はあったのか・・・?気づいたら月曜日・・・!
のような感覚で月曜日を迎えております。

さあて、そんなふわふわした中でもリンクスは営業中!!!
今週も頑張るでええええええ

今日は午前ヨガからのPC!午後履歴書!!!

午前!!ヨガ!!!!
ダルシム!!!!

PC!!
集中できてます!!!

午後!!履歴書!!
よくかけてます!!!!!



ってな感じで終わりました。
かつてないほどの適当さよ


最近、利用者さんから
「月曜だけどサザエさんシンドロームを全く感じなくなった」
というご意見が。

聞いてみると他の利用者さんも
「私も。リンクスに来ることが当たり前になっているからかなあ」
とのご意見が。

ステキヤン・・・。

居心地のいい場所作りもこれからも心がけていきたいですね!!!



さあて、今日は前回書いた、本の感想。
重たいけど読み終わったんで書いてくぞぉー!!!

前回の記事はこちら


開けられたパンドラの箱
月刊『創』編集部編
創出版
2018-07-20



「開けられたパンドラの箱」を読んで
〜相模原障害者殺傷事件 犯人の心理〜

IMG_2105

読もうと思ったきっかけ

2016年の7月26日未明、相模原の「津久井やまゆり園」で
障害を持った方が殺害され、19名死亡、26名負傷(うち20名重傷)という
戦後最大の殺人事件が起こりました。

犯人の植松聖(さとし)被告は、本人のもつ
「心失者(自己紹介できないほど重度の障害をもつ者)は死ぬべき」という
強い考え方の下、今回の犯行を起こしました。
植松被告は2年経った今も、この考えを変えていません。


この事件、日本のみならず世界においても
「大変凄惨な事件」として語られましたが、
ほぼ全てのメディアがこの事件に対して
「変なやつが障害者をたくさん殺した」
という、とても浅い理解で終わらせています。

昨今のメディアは複雑な事象を報道することから逃げています。
単純明快でセンセーショナルな内容の方が視聴率を稼げるからです。

今回の事件、
犯人が"改心"し、「すみませんでした」となっていたら
もっと話題になったでしょう。
桃太郎のように分かりやすい、勧善懲悪のお話になります。

ですが、今回の事件ではそうならなかった。
犯人は自分の考えを全く変えず、一貫して

「心失者(重度障害者)は死ぬべき」

と主張しています。

この「正義」の存在は、もちろん許されるべきではありません。
しかし、明らかに間違っていたらメディアはもっと積極的に取り上げているはずです。

世間からいい加減に片付けられてしまったのは、
「ある程度は同意できる」という暗黙のYesが少なからずあったからではないでしょうか?
「鬼側の言い分がちょっと理解できてしまった桃太郎」は話として複雑なので、メディアは取り上げないのか?



そこに引っ掛かりを覚えていたのが、本書を読むきっかけでした。

悪を知りてこそ善を語れる。
悪は1か0の存在ではありません。


亡くなった方の名前は全て伏せられて報道されました。
なぜでしょうか?

適当に片付けたメディアの存在や、
親族や警察がこうした対処を行った背景。
語らず学ばず、なかったことにしようとする無関心。


悪は1か0の存在ではありません。




私は障害を持った方が就職をするための支援を生業としています。

障害者就労が遅々として進まないのは、
こうした悪が蔓延っているところが大きいと思います。
悪、すなわち障害者就労における壁が何なのか理解するには
限りなく1に近い悪を知る必要があります。


本書を読むことに「No」を示す福祉関係者はきっとニセモノでしょう。
臭いものに蓋をすればいい、そう思っている。
後述しますが、今回の事件は「臭いものに蓋をした」ことがきっかけでした。
そうしなければ起きなかった。

本書を読むことに「No」を示す福祉関係者は、次なる植松被告を生み出す可能性があります。
ぜひ読んでください。


事件の概況

まず、この事件をよく知らない方のために。
今回の事件は、大きく以下のような流れになっています。

[事件の流れ]
13年4月
植松被告、常勤職員としてやまゆり園に勤務開始

16年1~2月
「心失者は死ぬべき」などの考えを職員へ話すようになる

16年2月15日
衆院議長宛に自身の思想と
「270人の障害者を殺す」
「夜間に行う」
「職員に危害は加えない」
などの具体的な手口が書かれた手紙を渡し、犯行予告を行う

16年2月19日
やまゆり園に手紙の件が伝わり、その場で解雇

16年2月22日
複数の精神科医などから「自己愛性パーソナリティー障害」と診断され、その場で措置入院
→この間に犯行を決心する

16年3月2日
措置入院解除、以降生活保護を受給しながら犯行の準備

16年7月26日未明
やまゆり園収容の重度障害者19名を殺害し、職員含め26名を負傷させる
犯行直後、自首


ヒトラーの思想とは違う

本書は三部構成です。
第一部が取材をした月刊「創」の記者と植松被告の話、
第二部が被害者家族、重度障害者をもつ家族からのコメント、
第三部が精神科医のコメントです。

個人的には第一部と、第三部最後の斎藤先生の話がとても考えさせられました。


第一部では記者と植松被告とのやり取りが書かれています。
主に手紙でのやり取りのため、植松被告の文章能力や画力が分かるのですが、
獄中で描いた漫画の画力の高さ、そして文章能力の高さが窺い知れます。

第一部でまず気づいたのは、「植松被告の思想はヒトラーの優生思想とは違う」という点です。

ヒトラーもかつて「T4作戦」という名目で同じく障害者を大量に殺害していました。
ユダヤ人以外に障害者も殺していたんですね。
「同じ人間の中の最下層」である彼らを殺すというヒトラーの思想は、
同じ人としての優劣で判断した考え方です。

植松被告は意思疎通の取れない人のことを「心失者」と言い、人ではない別の生き物として捉えていました。
「人が豚を殺すのは当然」のような形で「心失者」を大量に殺害したのです。
これは、ヒトラーの優生思想とは異なり、現に植松被告本人からも、「ヒトラーの思想とは違う。ユダヤ人虐殺は間違いだ」という話が出ています。


戦争には反対

第一部で驚いたのは、戦争に反対している点です。

「7項目の提案と『戦争反対』の主張」というページで、
植松被告は
「あたり前ですが、『絶対に戦争してはいけない』」と主張しています。

「人類が幸せになるための7項目の提案」に関しても、
カジノについてなど、一部は納得できるような内容です。
心失者への安楽死(与死)や麻薬についてはNoですが。

ここから分かるのは、植松被告は
「心失者と人間とを明確に"区別"している」という点です。

優生思想が"差別"であるのに対し、植松被告の思想は"区別"。
そう考えると、躊躇なく19人も殺害したことや、義憤めいた感情を露わにせず淡々と主張し続けていることにしっくり来ました。


社会が植松化している

植松被告の思想は「優生思想のいき過ぎたもの」と言うより、
「障害者に対する認知の歪み」だということが分かりました。
人間の優劣を言っている訳ではなく、別の生き物として見ている。


ですが、殺害に至った思考回路については、
ヒトラーの優生思想と変わりありません。


植松被告が「心失者」殺害に至った思考回路は以下の通りです。

意思疎通のできない人は「生産性がない」。
税金を食い潰すだけの存在だから、人間に必要ない。
心失者は人間ではないのだから、生きる「権利」などない。
心失者と人間の境目はよく分かっている、だから心失者を殺すのが私の使命だ。




・・・あれ?「生産性がない」?
最近こんな言葉を聞いたような・・・???



第三部の精神科医のコメントで、香山リカさんが

「私には、世の中が植松的になっているように思えます」

と話していますが、本当にその通りだと思いました。

「植松的」・・・
とてもよく分かるけれど具体的にどう言えばいいのだろう。。。



その答えが、
同じく精神科医のコメントで斎藤環先生が言っているコメントにありました。

「ごく普通に生活している人の中にも『生きるに値する生』と『生きるに値しない生』があるというような、間違った価値観を持っている人は非常に多いでしょう。」
「生命には社会に果たしている貢献度に応じて価値があるという、馴染みやすいけれども間違った発想が、根本にあるのではないか」
「生の価値を判断していいという考え方自体が、法治国家に対する挑戦でしかない。」


これです。まさにこれだ!!!


「悪さをしたから」「障害を持っているから」「生産性がないから」「人と違うから」「失敗したから」

「叩いていい」「閉じ込めておけばいい」「ひどい目に合わせて当然」「死ぬべき」「必要ない」


最近のワイドショーやSNSなんか、全部これでしょ。
ものすごくムカムカしていたけれど、その原因を斎藤先生が明快に話していました。


措置入院について

植松被告が犯行を決心するきっかけになった措置入院について。
これは完全に、「悪さをしたから」「閉じ込めておけばいい」です。

「じゃあなんだ、その考えでいくと、犯罪者や異常者を野放しにしておけってか?」

Twitterなんかで出てきそうな反論です。

現に措置入院期間が2週間だったことについて、
「期間が短かったから犯行に走ったのではないか」という意見もあります。

しかし、これは誤りです。

植松被告を犯行に走らせた原因は「孤独」です。
人里離れた山奥の施設で、意思疎通が出来ない人たちと接する毎日。

自分を強く魅力的に見せようと植松被告なりに努力し刺青や整形手術を行うも、
限られたコミュニティ、じっくり聞いてくれる相手もなく、
誤った発想は加速し、危険な思想へと変貌しました。

ここですべきは「じっくり、継続的に話し合うこと」。
そうすべきだったのを、措置入院という形で「臭いものに蓋」した結果、
あの凄惨な事件に繋がったのです。

ここまで書いて

「でも、話し合うったっていつ殺されるかわかんないじゃん?」
「だったらそいつが死ぬまで閉じ込めておけばいいじゃん?」
「しょっぴかなければ本人が分からないでしょ?」

などと思った植松的なあなたは、
ぜひこの本を買って、最後に書いてある斎藤先生のコメントを読んでみてください。



まとめ(第二の植松被告を生み出さないためにも)

「孤独は人を殺す」とよく言いますが、本当にその通りです。
「常に大勢の人に囲まれている=孤独ではない」ではありません。
SNSやリアル問わず、周りに人がいても孤独な可能性があります。

大事なのは、
「自分の本音をじっくりと聞き、話し合える相手がいるか」です。

マイナスは連鎖します。
特に今はワイドショーなどが生命の価値を勝手に判断して、それをばら撒いています。

「あの会長は悪さをしたんだから叩かれて当然」
「あの女優は不倫をしたから叩かれて当然」
「あの政治家は間違っているんだから叩いて当然」

名前を出して申し訳ないですが、個人的にはベッキーさんの不倫(16年1月)あたりからこの風潮が特に強くなってきたように感じます。
ちょうど植松被告が過激思想を職員さんに話した頃と同じです。

事件は世相を表わします。
あなたも植松的になっていませんか?
ほとんどの場合、悪さをしたら法が捌きます。
外野のあなたがとやかく言うことではありません。

「法で捌けない悪もある」

おっしゃる通り。
そういうときは声を集めましょう。
でも声を集める前に1つ考えてください。

「生命の価値を判断していないか?」



特に今はSNSの発達で「共感を得られたもの=正義」と解釈されがちですが、
共感の多寡だけで正義を規定することは非常に危険です。
一つ間違えると差別や事件、ひいては戦争に繋がるからです。
生命の価値を判断した発信に共感が集まるとこうした事態になります。
気をつけましょう。


大事なのはこの2つです。

[大事なこと]
・生命の価値を判断してはいけない。
・自分の本音をじっくりと聞き、話し合える相手を見つける。



SNSに飛び交う愚痴のほとんどは、
良き話し相手がいないことが原因です。

あなたが、あなたの周りの人が
第2の植松被告にならないためにも、
この2点を世界の全員が理解しなければなりません。

・・・話し相手がいない?


リンクスにこいやぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!




おわり










そんなかんじです。
長文になってしまった。気づけば夜。

一回読んだだけですが、何回も読んでもっと理解を深めたい。

就労移行支援事業、福祉事業をどんどん盛り上げていくためにも
この考え方に対する理解はとても大事だと思う。

・・・と、しみじみ思いながらも、今日体験利用の問い合わせが2件も来てテンション上がっている石井なのでしたぁ(やったぜ
明日も頑張るぞおおおう
リンクス4コマ漫画90