こんにちは!!リンクスの石井です

すずしくなりましたねー!!!

ってな感じで今日の一曲。


マカロニえんぴつ「ヤングアダルト」
ロックバンド、マカロニえんぴつから一曲。
高校の頃に聞いてたらハマってたかもしれませんな。
ミスチルのようなまっすぐさがありますな。
「○○のような」とほかのアーティストで例えちゃうあたり
感性がおっさんになっていってる気がします。
自分の中で勝手に型にはめようとするのは、
アーティストやファンにも失礼だからなるべくやめていきたい。
芸術の世界では特に失礼な行為だよね。
若さと葛藤、青春がギュッと詰まったような曲です。
素晴らしい。
ってなかんじでマカロニえんぴつ、ご一聴あれ!!!


ってな感じで今日もリンクスは営業中!!!


今日は午前PC!!午後就活準備!!!
午前!!PC!!!


集中しております!!!


午後!!就活準備!!!


色々とやっております!!!


そんなかんじです。
きょうはコラムから。


風俗業に関してはよくわかりませんが、
たしかにここ数年で貸農園ビジネスはどんどん増えています。
うちの近所だとエスプールプラスさんとスタートラインさんが有名ですね。
障害者雇用促進法に基づき、50人以上社員のいる法人には
官公庁の場合雇用全体の2.5%、企業であれば2.2%以上を
障害者にしなければならない「法定雇用率」というのが定められています。
法定雇用率を達成できない法人は罰金支払いとなります。
現在も約半数強の企業が法定雇用率未達で罰金支払いとなっており、
さらにその中で約6割の企業が障害者を1人も雇えていないという
厳しい現実があります。
「貸農園ビジネス」はそんな現状と課題に目を向けて生まれたものです。
たしかに、農作業という仕事を与えることで、法定雇用率未達の企業と
就職したい障害者をマッチングさせるという貸農園ビジネスは、
一見するととても素晴らしいビジネスモデルに見えます。
現に、就職した方の中には楽しく働かれている方もいらっしゃり、
障害者雇用がそこに生まれているという事実はあります。
しかし、ここで考えて欲しいのが、法定雇用率はもとをただすと
「障害者と健常者の共生社会を作る」という障害者総合支援法の
理念に基づいているということです。
健常者の社員と完全に隔離された場所で
会社の事業とはまったく関係ない作業をやることは
果たして「共生社会」と言えるのでしょうか?
最近だと「農福連携」という言葉があり、
実際に農家の事業承継問題の解決と合わせる形で
障害者との共生社会を目指している法人もたくさんあります。
素晴らしいことだと思います。
一方でこの貸農園ビジネスは「農福連携」の皮をまとった
現代の姥捨て山であり、「障害者と健常者との共生社会」に至るまでの
道のりの長さが生み出した副産物のような存在だとも思えます。
18年に法定雇用率に精神障害者がカウントされるようになったこともあり、
障害者の数は年々増えています。
いつも言っていますが、「障害」は社会の側にあります。
こんなビジネスがまかり通っているのも社会に障害があるからです。
生産年齢人口が減っているのに障害者が増えているのは
社会の障害が増えている、もしくは見えるようになってきたからです。
貸農園ビジネスは一定の役割を果たしています。
しかし、長く存在すべきではありません。
法定雇用率の「数字いじり」が当たり前のように行われてしまうような社会が
共生社会となることは不可能だからです。
社会の障害を取り除くために私もできることはどんどんやってきたいと思います。
とはいっても1人1人の集合が社会なので、みなさん1人1人がやってかないといけないんですけどね。
なのでこういう発信をしているわけです。
おわり。
そんなかんじです。
別に「貸農園ビジネスはクソだから消えろ!」ってわけじゃないんですけどね。
24時間テレビみたいなかんじですね。


不完全だし間違ってるけどそれそのものの存在には意義がある、みたいな感じです。
最近SNSとか見てると、「100点以外は0点」って考え方をする人が多いように思えます。


なにごとも長所短所あって、それで個性という風になっているのに、
短所が多めに出てくると、白黒思考で「こいつは悪だ、どんどん殴れ!」としちまうわけですね。
政権批判のツイートとか芸能人の炎上を見ていると息苦しさを感じます。


24時間テレビとか貸農園ビジネスのような40点ぐらいのコンテンツはcontraversialで
「もっとよくするにはどうすればいいか」という呼び水になります。

そういう意味ではとても良い材料だと思います。


プッシュ型のコンテンツが大量にある現代。


半沢直樹が大ヒットしているように、
考える力が衰えて正義か悪の2択でしか物事を考えられなくなっているのでしょうか。

「本質は要約できない部分にある」と先日のブログで話したように、
「単純化することは多くのものを落っことすことでもあるんだよ」と
自戒の意味も込めてここに書き留めておきます。

すずしくなりましたねー!!!
ってな感じで今日の一曲。
マカロニえんぴつ「ヤングアダルト」
ロックバンド、マカロニえんぴつから一曲。
高校の頃に聞いてたらハマってたかもしれませんな。
ミスチルのようなまっすぐさがありますな。
「○○のような」とほかのアーティストで例えちゃうあたり
感性がおっさんになっていってる気がします。
自分の中で勝手に型にはめようとするのは、
アーティストやファンにも失礼だからなるべくやめていきたい。
芸術の世界では特に失礼な行為だよね。
若さと葛藤、青春がギュッと詰まったような曲です。
素晴らしい。
ってなかんじでマカロニえんぴつ、ご一聴あれ!!!
ってな感じで今日もリンクスは営業中!!!
今日は午前PC!!午後就活準備!!!
午前!!PC!!!
集中しております!!!
午後!!就活準備!!!
色々とやっております!!!
そんなかんじです。
きょうはコラムから。
風俗業に関してはよくわかりませんが、
たしかにここ数年で貸農園ビジネスはどんどん増えています。
うちの近所だとエスプールプラスさんとスタートラインさんが有名ですね。
障害者雇用促進法に基づき、50人以上社員のいる法人には
官公庁の場合雇用全体の2.5%、企業であれば2.2%以上を
障害者にしなければならない「法定雇用率」というのが定められています。
法定雇用率を達成できない法人は罰金支払いとなります。
現在も約半数強の企業が法定雇用率未達で罰金支払いとなっており、
さらにその中で約6割の企業が障害者を1人も雇えていないという
厳しい現実があります。
「貸農園ビジネス」はそんな現状と課題に目を向けて生まれたものです。
たしかに、農作業という仕事を与えることで、法定雇用率未達の企業と
就職したい障害者をマッチングさせるという貸農園ビジネスは、
一見するととても素晴らしいビジネスモデルに見えます。
現に、就職した方の中には楽しく働かれている方もいらっしゃり、
障害者雇用がそこに生まれているという事実はあります。
しかし、ここで考えて欲しいのが、法定雇用率はもとをただすと
「障害者と健常者の共生社会を作る」という障害者総合支援法の
理念に基づいているということです。
健常者の社員と完全に隔離された場所で
会社の事業とはまったく関係ない作業をやることは
果たして「共生社会」と言えるのでしょうか?
最近だと「農福連携」という言葉があり、
実際に農家の事業承継問題の解決と合わせる形で
障害者との共生社会を目指している法人もたくさんあります。
素晴らしいことだと思います。
一方でこの貸農園ビジネスは「農福連携」の皮をまとった
現代の姥捨て山であり、「障害者と健常者との共生社会」に至るまでの
道のりの長さが生み出した副産物のような存在だとも思えます。
18年に法定雇用率に精神障害者がカウントされるようになったこともあり、
障害者の数は年々増えています。
いつも言っていますが、「障害」は社会の側にあります。
こんなビジネスがまかり通っているのも社会に障害があるからです。
生産年齢人口が減っているのに障害者が増えているのは
社会の障害が増えている、もしくは見えるようになってきたからです。
貸農園ビジネスは一定の役割を果たしています。
しかし、長く存在すべきではありません。
法定雇用率の「数字いじり」が当たり前のように行われてしまうような社会が
共生社会となることは不可能だからです。
社会の障害を取り除くために私もできることはどんどんやってきたいと思います。
とはいっても1人1人の集合が社会なので、みなさん1人1人がやってかないといけないんですけどね。
なのでこういう発信をしているわけです。
おわり。
そんなかんじです。
別に「貸農園ビジネスはクソだから消えろ!」ってわけじゃないんですけどね。
24時間テレビみたいなかんじですね。
不完全だし間違ってるけどそれそのものの存在には意義がある、みたいな感じです。
最近SNSとか見てると、「100点以外は0点」って考え方をする人が多いように思えます。
なにごとも長所短所あって、それで個性という風になっているのに、
短所が多めに出てくると、白黒思考で「こいつは悪だ、どんどん殴れ!」としちまうわけですね。
政権批判のツイートとか芸能人の炎上を見ていると息苦しさを感じます。
24時間テレビとか貸農園ビジネスのような40点ぐらいのコンテンツはcontraversialで
「もっとよくするにはどうすればいいか」という呼び水になります。
そういう意味ではとても良い材料だと思います。
プッシュ型のコンテンツが大量にある現代。
半沢直樹が大ヒットしているように、
考える力が衰えて正義か悪の2択でしか物事を考えられなくなっているのでしょうか。
「本質は要約できない部分にある」と先日のブログで話したように、
「単純化することは多くのものを落っことすことでもあるんだよ」と
自戒の意味も込めてここに書き留めておきます。
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