こんにちは!!リンクスの石井です

あついですね!!
最近の涼しさに慣れだしたところで夏へ戻るのやめてほしい


ってな感じで今日もリンクスは営業中!!!

今日は午前PCからの座学!!午後レク!!!


午前!!PC!!!
集中しております!!!


座学!!!
きょうはサビ管さんによる「自律神経の整え方パート2」の座学でした!!
規則正しい生活を送って、自立神経を整えていきたいですね!!


午後!!レク!!!
きょうは「ノヴァルナ」「チケットトゥライド」「街コロ通」をやりました!!!
石井は施設の横串会議があったので外出





そんなかんじです。
きょうはニュースから。






神奈川県の「中井やまゆり園」で身体拘束や虐待などの問題があり、
いろいろなメディアに取り沙汰されています。
ちなみに中井やまゆり園は大量殺傷事件のあった津久井やまゆり園とは無関係の法人です。


これらの記事に対して、地元のとある福祉施設長が悲痛な声を上げていました。
めちゃくちゃ共感しますし、「障害は常に社会の側にある」ということを痛感します。
勝手ながら「悲痛な声」の一部を抜粋します。


入所施設の隠ぺい体質。閉塞性、閉ざされた施設、虐待の温床等々。だからグループホーム、だから地域での暮らしと勧善懲悪で進むのでしょうか。障害はあっても一人一人に人生があり、ストーリーがあります。ここで虐待されたという方は成人です。どんな名前の人で、何が好きで、何が好物で、誰が好きで、洋服は何が好きで、どんな手触り感触が好きで、朝と夜を、ご飯の時間を、お出かけの時間をどうやって知って、一日はどう過ごし、1年の中でどの季節が好きで、今何歳で心に残る素敵な思い出が何々で等々何もわかりません。障害者と虐待、閉ざされた施設というだけの存在のようです。社会の中で、同じように障害のある人も最低限度文化的で健康な生活を送ることは、どの生活形態であっても保障していただける世の中であってほしいと思います。(中略)
中井やまゆり園が一方的に悪いとは思えないのです。一緒に障害のある人たちの暮らしを向上させていく同志だと思います。やまゆり園のHPをのぞくと、強度行動障害対策研修と発達障害支援センターを持ち、神奈川県の中枢の施設として、地域の施設、職員のために研修や相談を行っていることがうかがえます。だからこそこの問題は、虐待施設で終わらず障害のある人たちの生活について、その質と制度を考えていきたいと思います。書きながら深い悩みに襲われます。もやもやな気持ちのままの心の吐露です。ごめんなさい。(抜粋以上)


一般に、傷害事件があったら被害者の名前は公表されます。
なぜ公表されないのでしょうか?
そこに社会の根深い障害が存在します。

「施設はもっとしっかり見るべき」
「自治体は監査が甘すぎる、もっとしっかり監査しろ」
あなたは?
あなたは何をすべきなんでしょうか?
「それは施設の仕事だろ」
そう返ってくる言葉に共生社会へのハードルの高さを痛感します。

資金不足、人手不足、事故リスクの高さなどにより
身体拘束せざるを得ないという施設はまだまだあります。
また、支援対象者の状態によっては職員のストレスも凄まじいものがあります。


こうした課題を乗り越えようと、長年にわたり様々な人の
様々な努力が積み上げられているわけですが、
それでもインシデントは起こってしまいます。
どうすればいいのでしょう?


勧善懲悪で「施設はダメだ!グループホームや地域での暮らしが必要だ!」と
支援の役割をグループホームや地域での暮らしが代替できるのであれば、
そりゃあめでたしめでたしかもしれませんが、そんなうまくはいきません。

グループホームは市場原理に委ねられているので総じて自己負担金が高く、
なかには障害区分の縛りを設けているところもあります。
これはすなわち、所得の低い人や特定の障害区分の人はサービスを受けられない可能性があるということを意味します。

また、市場原理により撤退のリスクもあります。
心の拠り所となるはずの生活の場がカンタンに消し飛ぶリスクがあるのです。
川越は62か所ものグループホームがありますが、一方で撤退も相次いでいます。
なんの補填もなく他人の都合で住処を追い出されるのは、
果たして健康で文化的な最低限度の生活でしょうか?


グループホームのほかに、地域での暮らしは、
言わずもがな多くの方の協力があってこそ成り立ちます。
この事件は、地域での見守りの難しさを教えてくれます。
いまだに読み返しても胸の痛くなる事件です。






何事も叩くのは簡単ですが、キレイな解決策などそうそう存在しないのです。
福祉施設の力だけでは共生社会など作りえないのです。

虐待や身体拘束などのインシデントは身体や心を傷つける傷害事件であるとともに社会の課題です。
みなさん1人ひとりが当事者になることが、
こうした課題を乗り越えることに繋がります。