こんにちは!!リンクスの石井です

寒い日が続きますね!!
ここ最近いろいろとバタバタしておりまして、
ようやく少し落ち着いた感じでございます。
監査もなんとか大きな問題なく済みそう・・・?


ってな感じで今日もリンクスは営業中!!!

きょうは午前トライアル!!午後リフレッシュ!!!


午前!!トライアル!!!
集中しております!!!



午後!!リフレッシュ!!!
いろいろとやっております!!!
缶バッジの作業が大詰めを迎えていまして、みなさんたくさん作ってくれてます!!
ボドゲ組は「ブロックス」「イッツアワンダフルワールド」「レスアルカナ」などをやっておりました!!





そんなかんじです。
きょうはニュースから。


うつ病などで復職支援プログラムを受けている人の約7割が
「大人の発達障害」だったというニュース。

かつて「ちょっと変わった人」とされていたのが
「発達障害」という名前がついたことによって対応が割り切られるので、
当事者としては気が楽になるのでしょうか。



かつて引きこもりに関するセミナーに参加したことがあるのですが、
当事者の方の話で「『引きこもり』という名前がついたことは僕にとって助けになった」という
意見があった一方、別の方は「名前がつくことで別の生き物のように区別されるのが嫌だ」とも
仰っていました。

最近は発達障害以外にも、ヴィーガンやLGBTQなど、
社会のマイノリティの方たちにいろいろな呼称がつくようになりました。

ふわっとしたマイノリティに呼称がつくことで、いろいろなメリットが享受されるようになります。
特に大きな点としては、呼称の括りで組織や団体などを立ち上げやすくなり、
「こういう属性の人はこういうことに困っていて、社会に対してこういうことを求めている」
と説明や周知がしやすくなるという点です。

最近ではLGBTQのスポーツ選手が生き生きと活躍している姿も
テレビなどでよく取り上げられるようになりました。
記録のあり方に関する課題などは残っていますが、少なくともこういう笑顔がテレビで
当たり前のように抜かれるようになったのはとても喜ばしいことだと思います。

このように、呼称ができ個性が属性化されたことでたくさんのメリットができました。
一方で、個性の属性化に頼りすぎることで細部や例外を見落とすことにもつながりかねないという点には注意が必要です。


個性はグラデーションです。
特定の個性の範囲に名前をつけること=周辺のグラデーションをひとまとめにすることですので、
属性だけでその人を判断するとどうしても解像度が落ちます。

ですので、この記事にある
「この人はASDだからこうした方がいい」「この人はADHDだからこうした方がいい」というのは
対応としてはあまりにも雑です。

すべてはケースバイケースです。
その人の属性はその人を示す大まかな目安にすぎません。

言い方はアレですが、
「東大卒のボンクラ」や「中卒の優秀な人」が多くいるように、
その人の属性だけで物事を判断すると大きな落とし穴にハマるよ、ということです。

大切なのは、属性だけで物事をとらえるのではなく、
相手をよく見ること、相手の立場になって考えることです。

世間はやたら何でもかんでも「仕組みづくり」をしたがりますが、人間対人間なのです。
どういう配慮が欲しいか、どうすればうまくいくのか。
それは相手、その人個人と対話してみないとわかりません。
属性だけでその人のすべてを判断することは、あってはなりません。
それこそが差別です。
「仕組み」の内側にすべてを押し込めることはできないし、
無理にそうしようとするから軋轢が生まれます。


「自分が何者か」を属性で語らなくて済む社会になってほしいです。
また、その人の属性が何かをいちいち気にかけずに済む社会にもなってほしいです。
まあ、ただのきれいごとなんですけどね。


思いやりを持っていこうよ、って。ただそれだけの話です。



ということで今週もお疲れさまでした!!
ホント1日1日が早い!!
週末はゆっくりすごそー