
私の名前は、L・K・フロッグ。
このレトロな街、川越で人類を調査をしている。
これまで私は、名前は持たなかったのだが、行きがかり上、呼び名を持たざるを得なくなってしまった。
それは不意の出来事だった。その日は、日差しが鋭く、つめたい風が身に染みた。

私がリンクスの路地裏を歩いている時だった。長毛の猫が途方に暮れた様子で、こちらを眺めていた。無視するだけの意気地もなく、ついどうしたのかと聞いてしまった。
その猫が言うには、知り合いの、灰色地に黒い縞の猫が最近見当たらないというのだ。
しかたがない、タフでなければ生きていけないが、優しくなければ生きるに値しないのだ。私はその猫を探すことにした。
別れ際に、長毛の猫が私に名を尋ねた。私はとっさに伝えた「リンクス(L)川越事業所(K)のカエル・・。L・K・フロッグ」と。

猫探しを始めたのは良いのだが、なかなか見つからない。
リズミカルな機械音に誘われて足を向けてみると。そこにあったのはミシンであった。
リンクスでは最近、政府から配られたマスクを再利用している。マスクをほどいてガーゼにし、布巾を作っているらしい。「シンデレラ・クロス」というそうだ。
キスをされたところで王子に戻るはずもない私である。こんなファンタジックな場所には場違いだ。そうそうに去って他をあたることにした。

こちらも何やら、機械の音がする。同じくリンクスのB型事業所の缶バッジづくりだった。最近は、レトロな街、川越にちなんだ缶バッジづくりで忙しいようだ。
怠惰で気ままな猫のことだ、こんな騒がしい所にいる可能性は低いだろう。
缶バッジのプレスに私自身巻き込まれてもなんにもならない。これ以上何かに巻き込まれるのは御免だ、もうすでにやっかいな猫探しに巻き込まれているのだから。

道を歩いていると、聞きなれた音が聞こえてきた。昔、ポーカーで、その日の飲み代を浮かせた頃の記憶がちらつく。
卓を囲んでいるのは、リンクスの就労移行のメンバーたちだった。今日は「エバーデール」をしているそうだ。動物たちが街づくりをしている。
もしかしたら、猫もいるかもしれない。
私の賭けはあえなく外れた。そこにいたのは森の動物たちだった。よく考えてみればわかることだ、猫は街づくりなんてしないだろう。彼らは、街路の日向で寝そべっているのが相場である。普段こんな読み間違いをするはずはないのだが、これだけ飛びまわったのだ、疲れているに違いない。

私は、窓枠の日差しを浴びて少し休むことにした。高い窓へと急ぐ。壁をよじ登り、窓枠に前足を掛けると、そこには先客がいた。なじみのカエルである。彼とはよく人類について、今後の地球について意見を交わし合うような仲だ。
彼もIKAということで、自然と交流の機会もあったのが最初のきっかけだったと思う。
私は彼に、今日ひきうけてしまったやっかいごとの話をした。すると彼は、猫について心当たりがあるというのだ。
話によれば、ボードゲーム横丁の、「七不思議の壁」の前の広場で、私の探しているような特徴と一致する猫を見かけたというのだ。やはり、頼れるのは同族ということだろうか、私は彼にいずれハエの一匹でもおごることを約束して、横町へと急いだ。

たまに忙しい日があったかと思うと、いきついたのははこんなことである。
結局は、私の独り相撲だったのだ。例の猫は、すでにそこで探していた猫と一緒に日向ぼっこである。
私は、二度と怠惰な猫への親切心は起こさないことを誓った。
こうして馬鹿げた一日は終わり、残ったのは疲労感と、「L・K・フロッグ」という呼ばれなかった名前だったわけだ。
それでは、ロング・グッドバイである。
「βρεκεκεκὲξ κοὰξ κοάξ,」。
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